国鉄特急


<本州〜九州>

かもめ〔KAMOME〕 PC特急 DC特急 EC特急  2012年8月5日更新(写真追加

 京都と九州の長崎、佐世保等をかつて結んでいた名門特急、かもめ富士等と並んで、戦前生まれで(漢字で表示)、戦後は京都〜博多間の客車特急時代を経て、1961年10月からは気動車化され80系にて運転されました。1961年10月からの運転区間は、京都と九州の長崎、宮崎間に延ばされ、スケールの大きなDC特急として設定されました。

 写真は、日豊本線、立石駅を通過する80系特急かもめです。車両はキハ82、列車は上り2002Dレ、1964年2月に下り急行高千穂の車内から、Takazawa様が撮影された貴重な写真を掲載しています。

kamome82.jpg (32751 バイト) 特急<かもめ>80系 立石駅にて 1964年2月 Takazawa様撮影

 DC特急かもめは、1965年10月改正では、宮崎編成が特急いそかぜとして分離し、自編成は、西鹿児島まで運転区間を延ばしました。
そして、1968年10月1日から運転区間は京都〜長崎、佐世保間に変更されました。運転経路は東海道、山陽本線にて九州に入り、小倉で長崎行と佐世保行に分割し、佐世保行は筑豊線経由で長崎本線に入り、肥前山口で佐世保線にて佐世保まで運転し、長崎行は鹿児島、長崎本線を直進し長崎まで運転するという複雑なものでした。1975年3月の新幹線博多開業にて一旦、廃止され気動車時代は幕を閉じました。

 写真は大阪駅で撮影したかもめ、1974年10月に撮影、背景の旧大阪駅駅舎には、新快速の宣伝用看板も見えます。かもめの廃止後、山陽本線を走破するDC特急は消えてしまいました。このかもめの復帰は早く、1976年7月1日には小倉−長崎間の電車特急として復活し、現在も主に博多〜長崎間の特急として発展しています。          

Fh687040.jpg (35318 バイト) 特急<かもめ>80系 大阪駅にて 1974年10月撮影

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